合同共鳴ありがとうございました




satorinさん


しみっちさん


合同共鳴ありがとうございましたあ


あああ

最後の共鳴で座ったまま爆睡しました

「はい~」というしみっちさんのお声で

ああああああっとびっくり起きましたよ(^0^)



ええと

思い出しますと

すばらしき共鳴が始まりました

共鳴はメソッドではないって思いながら~~


ここに焦点が合い

次の瞬間

瞑想状態に引き込まれていました

ひとりではココまで深くはいけないなあ~って思いながら

あたたかい

身内に囲まれているような優しさと懐かしさを感じていました

その懐かしさがあまりに深く

泣き出していました

それも流れて静かになり

アイコンタクト・・・

ハートの共鳴・・・忘れました。。。

何度か夢をみていたような~(^0^)


最後の共鳴では

安堵も深く

夢の中でした


どうもありがとうございました












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合同共鳴ありがとうございました





しみっちさん


虹子さん

合同共鳴ありがとうございます

1年間本当に

雨の日も風の日も

かわらずに

本当にありがとうございました


今だに虹子さんのお声とお顔がちぐはぐで一致してないんですよ~^^

本当におっとりといいお声です~~

ルックスはもっとカントリーというイメージが強かったかな^^


さて

今夜の合同共鳴は

気づいている意識そのものでした

涅槃とは

煩悩の火が消えた状態だったっけ?

なんて考えがよぎりながら

生と死を超えると

この心地よさなのかななんて思いながら

ここんところ

エネルギーから解放されており

本当に楽です


何の出入りもなく

広がりも

光もなく

そのまま

ここでした~


下から

家族の声が聞こえてきました

とてつもなく美しく愛でした


アイコンタクト、ハートの共鳴は

直前までメール、チャットのやり取りをしていた友人と繋がっていました

あたたかく優しい光です

最後の共鳴では

初めに戻っておりました

ここです~~



どうもありがとうございました







無空さんのセッション59回目







無空さん

おはようございます

こちらも夕方から雪となりそうです

そちらも寒いでしょうね

どうぞお風邪など引かれませんように



いつも

本当にありがとうございます


今朝は

ご返信の言葉が

いつもよりもダイレクトに響きます

何か大きなこだわりが取れていることが分かります


ありがとうございます


















青さん

感想ありがとうございました。


無空さん

おはようございます

昨日はセッションをありがとうございました

お話を聞いていただき感謝しております


この大きなものがまだ浮上してきていますね

これが今世終了したいものですね、きっと。




ニュートラルを知り

男性でもない、女性でもない、いい、悪いもない

判断のないところ、純粋な意識といわれるところは

人ではありませんね

はい。

そこから、すべてが自然に起こっていきます。

人という現われもそうです。

人は現れた真我。

現れた愛。

現れた光。

現れた「いのち」そのものです。




しかしながら人として生きる

それを生きる時

本当にそこから出てくる表現は様々なのですね

真我は、無限そのものであり、そこには無限の側面があります。

それが人として、人の在り方、生き方、そしてその表現の多様性として現われてきています。

真我はそのすべてを許しています。

自分自身にそれを許しています。

それはひとつであるものであり、すべてである真我の自分自身に対する無限の愛です。





先日

とても親しい友人に無空さんってどんな人?って尋ねられた時に


謙虚な人と話しておりました


本当の謙虚さは

人の奥深くまですべてを照らし出す光だと思います

在るが、謙虚なんですね。

それは、知っている(既知)がゆえの謙虚さ、知らない(未知)ということを知っている謙虚さ

その両方を持ち、そして、それをも超えてただ謙虚です。

そして、青さんがおっしゃるように、ただひとつのすべてであるそれは、

謙虚であればあるほど、奥深くまですべてを照らし出すことができます。

ひとつのものであるそれは、ひとつであるがゆえにそのように作用するものであり、

ただそのような存在であるのです。

青さんは、その本質を深いところで知っていますね。

なぜなら、ただひとつのすべてであるそれは、青さんでもあるからです。

青さんは、本当の謙虚さを持ち、そして、人の奥深くまですべてを照らし出す光そのものです。





さて

共鳴の感想ですが

今回は始まる前に

といいますか、この一週間はエネルギーも大きく

深い恍惚感に何度も襲われていて

大きなエネルギーも飛び出していくような自分自身のエネルギーも

本当に何が何やらどうでも良くなってきていました


エネルギーではないところ

言葉以前のところにフォーカスしていきたくて

始まる前は

瞑想をして準備しておりました

不動であり、何ものにも影響されず、ゆるがされることのない気づいている意識、

それは、気づきそのものです。



初めの共鳴では

自分の内側に集中していました

それが自然に起こったということだと思いますが、

さらに、内も外もない、ただそれで在れるようになるといいですね。

アイコンタクトでは

その内側の広がる空間がみるみる充実して

宇宙に繋がった感じでした

その宇宙そのものではないですか?とお尋ねいただきましたが

今朝はそのものという感じが分かります(昨日は中心に繋がった感じが強かったです)

いいですね。


瞑想では

味わいが取り巻き気持ちよく

それそのものになっていました

しばらくすると

その心地よさが眉間に集まってきて

対象である目の前に集中が集まってきました

これは自動的に日常でもいつも起こっている現象です

心の中では

無空さんを認識したいという感じでした

(しまださんのときも起こりましたが

しまださんはすぐに見つかりました

しっかりと響きあったことを思い出します)

やはり見つけることが出来ませんでした。。。

わたしは、青さんが自分自身を認識するために在ります。

(共鳴では、そのときどきで、必要なことが自然に起こります。

今回は、わたしを認識できないということが起こった、ということですね。)

焦点を自分自身に戻してください。

認識したいが自然に起こるのはかまいません。

それにもただ気づいて在りましょう。

真に注意を向け、気づくべき対象、それそのものとしてあるべき対象は、

青さんから距離ゼロのところに在ります。

そこより外側でもなく、そこより内側でもありません。

そこに方向性、矢印はありません。

探ってしまうくせ(マインドの本性)は、ただそのままにしておき、

それにも気づいて在りましょう。

本当はそれは、追い求め、探し求め、どこかにあるのではなく、

探している者そのもの、青さんご本人が、青さんが見つけたいもの、いのちそのものです。

追い求めること、探し求めることが“自然に”止んだとき、それは見つかります。

でも、そのエネルギーが尽きるまで、あるいは成熟するまではそれが自然に続きます。

それを知り、ただそれに気づいていて、それもあるがまま、そのままにしておきましょう。

気づいていることは愛です。

気づいている者は、いのちそのものです。

それは、青さんが探しているもの、見つけたいもの、そう在りたいものです。

そのときに、必ずしも味わいが伴うかどうかは分かりません。

でも、それがそうなのです。

そのような理解を持って、味わいを探しにいかず、また、味わいがやってくることも拒まず、

ただ気づいて、ただ気づきそのものとして在りましょう。

探している事に気づいたら、探している者、その主体そのものとして在りましょう。

目標物、対象物ではなく、自分自身で在りましょう。


青さんのブログに


【わたしが

探しているのは

個人であろうが

なかろうが

いのちそのものなのです】

とありましたが、

5行あるうちの間3行をとって、「わたしが、いのちそのものなのです。」となるか、

あるいは、探している「わたしが」が落ちると、残るのは、「いのちそのもの」になります。

探している「わたし」が落ちても、いのちそのものである真の青さんは残ります。

探すことができるのは「わたし」ですが、見つけたとき(その瞬間)には、「わたし」はいません。

その一瞬か、どのくらいか後に、「わたし」はまた起こってきて、“「わたし」は見つけた”

とするかもしれません。

もしくは、「わたし」が落ちたことで、それそのもので在ったことで、それは見つけられたという

理解が起こるかもしれません。

それそのものである直接体験を繰り返し重ね、自己理解を深め、いのちそのものであることを

この世界で実現していきましょう。

いのちの花を咲かせましょう。

いえ、すでにそれは咲いていますね。

現われはすでに花です。

それはすでに、日常すべての中に、様々な表現を通して現われ、咲きほこっています。

そのことに気づくと、それがより活性化されてきます。

直接体験、実感を通した認識、再認識が重要です。

日常を生きることを通しての深い理解、受け容れが大切です。




そのことをお話しするとそのことにも気がついていてくださいということでしたね

前述しましたが、気づいていてください、ということは、愛そのもの、

いのちそのものであってください、

ということでもあります。

それを今どのくらい実感できるか、味わえるかに関わらず、そう在ってみて下さい。

そう在り続けてみて下さい。

次第に対象物とより距離が置けるようになり、気づいている主体の方であるそれ自身(いのち)を

より感じ取ることができるようになっていきます。






今回の一連の出来事は

何もかも

すべて繋がっていると思いますが


この青にとって

もっともフォーカスすべきところは

どこでしょう?

自分自身です。

内側でもなく、外側でもない、

自分自身から距離ゼロのところにあるいのちそのものです。

ただ気づいて在るとき、それが可能です。



また気づき自身はすでにもともとそこにあり

そのことに気づいていることはその気づきそのものに在ることでもありますが


まあ

気になるところは

またきっと浮上してきて

そこに気づいているが起こります

もう、おわかりですね。

あとは、それをただひたすらです。

そして、ひたすら度合いは、ひとそれぞれです。

青さんなりのひたすらで結構ですから、実現したいものを実現していきましょう。




ハートの共鳴は

ぐるぐると

ずしんずしんと気づいているが濃厚になって

この空間、わたしの周りが本当に優しいです

ゆるぎなきそれ、その気づきに対する理解が

実践、実感を重ねていくことにより、さらに

深まっていくと、より安定してきます。

様々なエネルギーにも翻弄されなくなってきます。

また、翻弄されることにもとらわれなくなってきます。




立場を変えては

内側の広がる空間から

湧き出していました

これは何?

言葉に変えれば「愛」です

これを愛とどうして知ることが出来るのでしょう

自分自身だからです。

自分自身が愛そのものだからです。


不思議です

いのちの泉です


立場なし・ニュートラルは

覚えておりません





まだ

大きなものが浮上してきてますか

感謝が前面には出てこない

今回の感想をどうぞお許しくださいね

起こるがまま、あるがままに。

真我は、すべてが始まる前から、すでにすべてを許しています。

それゆえに、あらゆることが起こってくることが可能となっています。

それは、真我の真我自身に対する愛です。



一段

深いところでは

愛と感謝が流れています


変な感じですね

それ(在る・真我)、真の青さんは知っています。

気づいています。




そのうちにクリアになりますね。きっと。

起こってきたもの、浮上してきたものは消えていきます。

永遠の中で、クリアにならないもの、クリアされないものはありません。

愛の中で、溶けていかないものはありません。

すべては愛です。

愛だけがあります。



来週もどうぞよろしくお願いいたします










ありがとうございました








ありがとうございました。

無空







合同共鳴ありがとうございました





satorinさん


kamaraさん



合同共鳴をありがとうございました


初めの共鳴は

何も変わることなく~

普通でした^^

アイコンタクトでは

ものすごく眠たくなり

引き込まれていくようでした

ハートの共鳴では

躍動を感じていました

初めてのことでとても新鮮でした

最後の共鳴では

その躍動が

落ち着いていき

静か


でした




今日も

すばらしいひとときをどうもありがとうございました











合同共鳴ありがとうございました




しみっちさん

kamaraさん


合同共鳴ありがとうございました


温泉に入ってゆっくりと寛いでいるようでした~~^^


心地よさが半端なく~~気持ちよかったです(^0^)


アイコンタクトは

ハイ、もう起きてられませんでした。。。

ハートの共鳴では起きていました

この部屋が本当に濃かったです

がっちりと守られている感があって

肩や身体の回りも

しっかりと・・・なんでしょうね~

プロテクトされている感じでした^^

最後の共鳴では

再び流れ込む光の渦に

喜びが沸き起こって気持ちよかったです~~



また

よろしくお願いいたします






無空さんのセッション58回目




無空さん

ご返信をどうもありがとうございました


切なさや

悲しみは

消えてなくなるものではありませんが

少しは変容してきているようで

共存しているなあって感じで

今は収まりつつあります


今までとは違うのは

自分のなかで

巧妙な

言い訳やら

なだめすかしたりしていたマインドは

もう何の役にも

たたないということが

ハッキリしてまいりました


本当にありがたいことに

努力なしに

素直です





^^





青さん

感想ありがとうございました。


無空さん


先ほどはセッションをありがとうございました

ここ数週間本当に辛くて

悲しくて泣いて。。。即ツムラの生活ですね


今日は

もうちょっとフリーズ状態でしょうか

痛かったです(物理的にも)

始めの共鳴では

だ~~~って悲しかったです

なぜか母親が出てきました

胸は本当に痛かったです

ただ

ただ

この苦しみから逃れたい

その一心です

はい、苦しいときは、それが自然な思いですね。



アイコンタクトは

そのどうすることも出来ない苦しみのまま

幸せって何?

真我って何?

無空さんに問いかけていました

痛かった胸の中央が熱くなっていました

変容が始まっていますね。



目の前におられる無空さんしかいないって

思っていました

共鳴の可能性は

この苦しみから解き放つことの出来るものだと

真我は健康そのものだと

思いながら

胸の痛み(傷のような)を修復しているようでした

共鳴により、自然にそれが為されています。



瞑想も

普段の日常のように

悲しみが襲いました



ハートの共鳴で

軽く

大きく呼吸が楽になるように

少し緩みました


気づいている意識が

味わいに関係しているな

そして大きく太くなっているようでした

今日は

話をすることなく共鳴に入りましたが

このときに

感想を言いながら

無空さんの気づいている意識はどうですか?と聞いていただいた

その「気づいている意識」というコトバが

無空さんの口から響きながら

上から味わいとして降りてくるように感じていました

しっかり共鳴が起こっていて、その響きを受け取られていますね。


立場を変えては

その気づいている意識の味わいが

その大きな空間で働いているように思いました




立場なし・ニュートラルでは

丸い光の大きなボールが

フワフワと降りてきて

これが

あなたの真我ですといった感じなのですが

なかなか収まらない感じでした

本日の青さんのブログ記事を読ませていただくと、

*************

ここに

やっと


戻ってきましたよ~~~






それぞれ

ばらばらに

理解していた

ものが

これでいいと収まりました







気づいている意識が

分かりました 

*************

とありましたので、1日おいて収まったという感じですね。

そして、楽になられたようでよかったですね。







水曜日に

しまださんのヒーリングも受けています



しばらくまた

ヒーリングも必要かなと思っています。。



ここを乗り越えるのが

今世の大きなテーマです


ちょっと楽になる

しんどいのクリカエシで本当に

もう嫌になってきておりますが

逃げようがないことも分かっております>


どれだけ苦しくても

絶対に

あきらめません

その姿勢があれば、大丈夫です。




どうぞよろしくお願いいたします




















無空さん セッションの感想続きです



無空さん

昨日のセッションありがとうございました


始めの共鳴は

本当に大きな悲しみが

物理的に痛みを伴いながらも出て行きました



どうですか?とお尋ねいただいても

ただ悲しく痛かっただけで

「よくわかりません」と答えましたが



引き続き

アイコンタクトでも

同じような精神状態ではありましたが


心の奥深くでは

もう

自分ではどうすることも出来ない

この苦しみを

本当に手放してしまいたいと強く思っておりました



うっすらと

無空さんの前に座り

助けてくださいと思っていましたが


この瞬間の

ありがたさを

私は

分かっていないなあって


それも

思っていました



どうして

ここに

そうやって

無空さんの前に座っていることが出来ているのか


また

このように

共鳴を受けることが出来ているのか

そのことの

重み

すごさを

まったく

分かっていませんでした

苦しみや悲しみ等の感情やマインドが強く起こっているときには、

他のことを感じる余裕がないのは当然です。

それが過ぎ去ったとき、そして、それをトータルにクリアしたときに、

感じ取れるものがあるでしょう。




いえ

今も

ハッキリとは分かっていないのでしょう

よく感じ取られ、理解されていらっしゃると思いますよ。

そして、理解は無限ですから、その姿勢のある人には、

さらなる理解もまた大きく開かれています。








今朝

ブログを書きながら

本当に

力が抜けていき

縛り上げられていた部分が緩んで

やっと息が出来たようです





ありがとうございました


本当にありがとうございました







ありがとうございました。

無空










合同共鳴ありがとうございました





satorinさん


合同共鳴お世話になりました

ありがとうございました


「愛したい」という個の欲求と一体化してしまっている今日この頃の青です。。。

今日の共鳴は

すっかり夢心地で

縛り上げられるような個からの

ひと時の解放でした。。

ありがとうございます


この個は

愛そのものに

触れるたびに

少しづつでも

ゆったりと変容し

また柔軟になっていくといいなあ。。


また

どうぞよろしくお願いいたします







合同共鳴ありがとうございました



しみっちさん

satorinさん


お世話になりました

合同共鳴ありがとうござました

最初の共鳴は

濃紺の深淵な宇宙でした

深く静かでした

となりで子供が興奮していましたが

こちらは全く静かでした~~^^;

(今日もまた大きな声で子供が乱入いたしまして

申し訳ありませんでした。。)


アイコンタクトは

眠りに入る間際でとまっているようでした

リラックスしていました


ハートの共鳴は

悦びでした

最期の共鳴は

日常に戻っておりました



今夜も

皆様と共に

共鳴をありがとうございました







無空さんのセッション57回目





青さん

感想ありがとうございました。


無空さん

先ほどはセッションをどうもありがとうございました

マインド大嵐でしたか?

巻き込まれていることにも気がついてないですね

きっと

もう大きなエネルギーと一体であるように

マインドと一体でしょうか?

以前お話している何かよく分からない恍惚感のエネルギーとか

不健康ですといわれていたエネルギーとか

全部いっぺんにここに来ているように感じています

よりクリアになっていく過程で、そのようなことが起こることも

ありますね。

不自然ですか

わたしのブログでもおかしなことを書いていますでしょうか?

気づいている意識はあると思います。





自分では本当によく分からなくて



気づいていることはほとんど不可能かもしれないです

それほどエネルギーが大きくて

気づきの強さ、繊細さ、柔らかさ等の度合い、程度も様々ですが、

起こっているエネルギーがよく分からなくても、制御できなくても、

意識があって、何かが起こっていることが分かっているのなら、

気づきはそこに在ります。

どんな大きなエネルギーも、どんな手に負えないようなエネルギーも、

究極的には、すべては、真の自己である純粋な気づき(真我・在る)を源として

起こってきています。

相対界にあり、限界のある自我にとっては、

自分よりも大きなエネルギーというのはあるでしょうけれども、

絶対レベルにある真我よりも大きなエネルギーというものは存在しません。

それは比較不可能、比類なきものです。

たとえ、一時的に巻き込まれたとしても、

相対的なものは、絶対には絶対かないません。

起こっては移り変わり、消えていくものは、変わらないものにはかないません。

最後は必ず、普遍的なものが勝利します。

月が太陽からの光を受けて輝いているように、

相対は絶対をもとに

現われは源があって

個別性、特別性は、普遍性に支えられ、はじめてその素晴らしき、美しき輝きを

放つことができます。

個別性は、普遍性によって、

個は、真我によって、栄光化されます。

立ち位置を自我から真我へとさらにシフトしていきましょう。

問題を感じているとき、困難を感じているそのときは、自我の位置にあります。

問題や困難を感じながらも、そのことに気づいているとき、

真我の立ち位置も生き生きとしています。

問題や困難を感じている自我がありながらも、そのことに気づいているとき、

すべてを支え、すべてを栄光化する真我の光はそこに在ります。

それは、すべてを許し、すべてを見守り、すべてを自然な流れの中で、

変容させていく比類なき最強の光であり、

それは、無限の愛そのものです。

それが、青さんの本質です。

大きなエネルギーに巻き込まれているとき、その光(意識の光、気づきの光)は

本当にかすかに感じられる程度のものかもしれません。

でも、光は、すべてを可能にしている光であり、

その本質は、これまで現れた宇宙、今現れている宇宙、

そして、これから現れるであろう宇宙、

そのすべてを含んだものよりもさらに奥深く、深遠で、神聖なものでもあります。

その気づきの光に注意を向け、そして、それそのもので在り、

真の自己の理解をさらに深めていきましょう。






どうですか?

その願望実現の欲求と

真我実現に向かうエネルギーはどちらが大きいですか?

とお尋ねいただきましたが



そのエネルギーは分けることは出来ません

エネルギーはひとつです

このわたし単体のものですが

また無限のエネルギーでもあります

ただ

言えることは

コントロール出来るものではありません。。

そうですね。

コントロールしようとするマインドは必要ありませんので、

可能な範囲で、ただ気づいていてください。

また、気づけないほどエネルギーが大きいときには、

ただそのままでいてください。

そのまま丸ごとトータルでいてください。

起こってくるものは、過ぎ去っていきます。

そうしたら、“ただ”、在るに戻りましょう。



それぐらい大きな欲求であり

それが生きている

その生命根源的な部分にまで関わっている部分でもあります


なので

分けれるものではないのです

すべてはひとつです。

そして、クリアになってくると、そのひとつの中に、様々な質、側面を

識別できるようになってきます。

一の中に、同時に多、無限を見ることができるようになってきます。

また、根源からエネルギー(本質的欲求等)が起こり、

どのように展開されていくかも、よく見えるようになっていきます。

見る方の主体を、さらに透明にしていきましょう。



また別の言い方をすれば

この願望は

この人生を等身大の自分で

輝き生きたいというものであり

この人生を

この生活を

この生きているこの地球の上で

余すことなく生ききりたいということなのです

安心して

安全で衛生的に

すべてにおいて健康的に

生きていきたいということです

それはとても自然なことですね。

何度も在るに戻り、ニュートラルに在り、

愛に溶け、さらなる純化を進めていきましょう。

執着、粘着的な部分、念的な部分の質的な変容が

起こってくるといいですね。

思いは重くなる場合がありますが、在るはとても軽やかです。



真我はすでに安心で安全で

しあわせですよね

この肉体次元でもそうでありたい

それが実現でもあると思っていますが

そのような思いは自然なものですが、

とらわれないこと。

(そのような思いがあること、起こってくることにも

ただ気づいていて、とらわれないこと。

思いが過剰になり過ぎると、バランスが崩れます。)

とらわれないようにしようとするのではなく、

在ることで、自然にそうなっていくこと、

気づいたら、そうなっていた、

そんな進み方がいいですね。




そのことは

真我実現と離れていることでしょうか?

ある視点からは、真我と離れているのはマインドですね。

(ですから、マインドを、気づきの主体である真我から

距離のある対象として見ることができます。)

マインドは部分的です。

それが全体である真我と調和するには、

真我そのもの、全体そのものの立ち位置に立ち、

マインドを純化、そして成熟させ、全体と共に

マインドも統合された状態で働くようにすることが大切です。





さて

共鳴の感想ですが

軽くなりました

(時間が経つとさらに軽くなってきます

やはり古いエネルギーが解放されていったのでしょうか

上に書いてあることが

またどのように落ち着いていくのかじっくりと見てみようと思います

また明日書くとちがう感想になってしまうかもしれませんね)



自分自身の中心

この宇宙のいのちの味わいを感じておりました


アイコンタクトは

その深いところから

古いエネルギーが出て行きました

そうでしたね。


瞑想は

守られていました

何か夢を見ていたようにも思います

良く覚えていません



今日は地震の

関係でしょうか?

磁場の感じでしょうか?

何度も音声や画面の乱れが多かったですね

でも

確かに私自身のエネルギーの大きなうねりと

(それは古いエネルギーでクリアなものではありません)

その乱れが出ていたようにも思います。。

大音量の雑音で

瞑想時の記憶が飛んでしまいました

浄化が起こっているときに、映像が乱れることはよくあります。

(もちろん、すべてがそうではありませんが。)




ハートの共鳴では

メントールの風が吹いておりました

エメラルドグリーンから

七色の光がさして身体を吹き抜けていきました

今振り返ると

この頃では

このメントールは良く起こる体験ですね

クリアが進んできて、深い、古いものの浄化が

さかんに行われているのかもしれませんね。

夜明け前が一番暗いという表現がよく使われますが、

進んでくると、大きなものがまとめて出てくることもあります。

明晰性と理解を持って、ご自身が、確かに進んでいるという認識、

自覚を持ちましょう。





立場をかえてでは

叡智

この地上で

生きている

生活して

このままでいいのだ

ということが

どこにも離れていない

生きているというところに密着している

という感覚でした

とてもいいですね。



立場なし・ニュートラルでは


優しさ

慈愛です

それは、青さんがそれそのものとして持っている

素晴らしい質でもありますね。











どうもありがとうございました


今週は

また

さらに巻き込まれていますね

そのことにも気がついてない感じですね




すいません

ぼんやりとしたままの感想です

大きなところがまた浮上してきている状態です。

その分、またクリアになっていきます。

プロセスであるという理解を持って、

かつ、すでにゴールに在る、

ゴールそのものであるという認識も忘れずに、

在り続けていきましょう。







また

来週どうぞよろしくお願いいたします










こちらこそよろしくお願い致します。

無空







合同共鳴ありがとうございました




satorinさん


しみっちさん




寒さが厳しい朝ですが

日だまりのような共鳴でした~~


心から感謝いたします

ありがとうございます





本当の叡智はこの生活の中にある

個も含めて

ひとつひとつ丁寧に暮らしていくことが出来るのですよ

そのおだやかさと

おおらかさ

実直さのすばらしさから

語りかけられているような

共鳴でした






どうもありがとうございました










合同共鳴ありがとうございました




しみっちさん

虹子さん


合同共鳴ありがとうございました


走りこんでくるんですよ~~次男。。。

笑いが出てきますね

ありがとうございます


さて

今夜の共鳴も

まったりとゆったりと大きかったです

始まりは目を開けたままの深い瞑想状態でしたね

アイコンタクトは夢をみていたようです

ハートの共鳴後半で我慢できずに寝てしまいました

最後の共鳴も深いリラックスでした


今日も一日ありがとうございましたあ~~







無空さんのセッション56回目


無空さん

お忙しいところ

暖かいご返信にまた

涙です。。。

ありがとうございます





たしかに

どちらかに偏ってしまえば

窮屈な話ですね





今回もかなり分かった風な口をきいてましたね。。。

困った青です。。。


すいません~~^^



本当のニュートラルは

幸せ 平安

です^^



無空さん

ありがとうございました










青さん

感想ありがとうござました。


無空さん

昨日はセッションをどうもありがとうございました


最後のニュートラルの時に

本当の楽を感じていました


この世で出会う人の前で

このままのわたしで居られるという幸せを味わっていました

またそれは

この世で本当にしたかったことです

同時に本当に心のそこから安心してそのままでいることを

許されているのだと言う感じもありました

はい、真我(在る・無限の愛)は、いつもそのまま、

あるがままでいることを許しています。

そして、それはけっして誰かに対してではなく、

自分自身に対してそう在ります。

なぜなら、存在するすべては真我(在る・無限の愛)であり、

それ以外何も存在しないからです。





いつも通り一週間のことをお尋ねいただきました

泣いて友人の引越しのことを話していました

またふたたび家族のことでつまずいていることも少し話していました

それを話しながら泣いていましたが

自分が自分らしく当たり前に在りたいという願いから泣いていたのです



ここまでセッションを続けさせていただいて

実生活が思うようにいかないことで

共鳴に対する不満が出てきます

実生活の改善などを期待する思いが強いのだと思います

そうかもしれませんね。

出てきてる不満を自分のものにしているのは誰か?

その主体がクリアされる必要がありますね。




ただ「在る」ということは

すでにここにそのままに「在る」ということですが


心のそこから

リラックスして

あの最後のニュートラルのようにいつも在りたいです

と書いていて・・・

そのニュートラルはどこにも行かないし

それを味わい楽しむことがセッションなのかな?と思いました

セッションには無限の側面があります。

それは、無限そのものである在る(真我)の共鳴だからとも言えますね。


セッションで

味わう様々な体験はそのまま実生活もそのようでありたいと強く思うのですが

そう思われるのは自然なマインドですが、様々な体験を重ね、

真の自己を深く理解し、受け容れていくことが大切です。

そして、現われである体験、そして、実生活においても、

自然にとらわれがよりなくなってくると

いいですね。


それはやはり過ぎ去る体験なのでしょうか

はい、体験のすべてが過ぎ去っていきます。

そして、あらゆる体験に気づいている主体(純粋意識・真の自己・真我)のみが変わらずに

在り続けます。




変わらないもの

常にあり続けるものに気づいている

その気づいているそのものに意識がシフトしていくことが自然に起こっていくプロセスが

このセッションだと思うのですが・・

それを促し、サポートしています。

そのプロセスはひとそれぞれですね。

変わらずに在り続けるものに注意を向け続け、そして、それそのものであることにより

自己理解と受け容れをより深めていきましょう。

「不満」や「こうありたい」に巻き込まれ、それらを自分のものにしているとき、

主体は個人です。

起こってきている「不満」や「こうありたい」にただ気づいているそのとき、

主体は在る・真我です。








最初の共鳴では

自分自身に深く没中していきました

いいですね。


アイコンタクトでは

1年前受けだしたころのような感触を思い出していました

上から神聖さが降り注いでいました


瞑想では

地球の奥深くに深く深く沈みながら

グランディングをしているようでした


ハートの共鳴では無空さんは真っ白でどこにもいない

すべてが「空」に消え去っていました

はじめから、すべては「空」(在る・真我・無限の愛・全体)ですね。

その「空」が、起こっては消えていくを繰り返しています。



立場をかえては

無音ですが

美しい鐘の音が鳴っているのを聞いているかのようでした

無音はとても美しい音ですね。

立場なし・ニュートラルでは

遠慮なく青はそのままにここに居ることがしたかったのだと

思いました

そしてそれは



神聖な愛でした

それに溶け、それそのものとして在りましょう。

そのままに居たいところそのものして在りましょう。

本当は誰しも、そうでしか在り得ません。

そのことをより深く再認識し、それを受け容れていきましょう。











最初のお話の部分からのつづきですが

すいません

私の理解を助けていただけますか?

さまざまなお話をしながら聞きたかったことは

その理解なのです

理解したいマインドをサポートすることで、

マインド(私・個人)の落ち着きを促すことができます。

そして、そこからさらに進んで、その理解したいマインド(私・個人)自体から

自由になるということが大切です。




この変わらない部分からの理解が深まれば

この肉体を持っている部分でのことは

その一部であって

全体から見てみれば(魂というものがあってもしそちらの視点から見ることができれば)

たといこの肉体を離れようとも

(死んで離ればなれになろうとも)まったく嘆き悲しみ続けることからは

離れていることも出来るということです

あるいはそのことの理解が深まれば

どこにも誰とも離ればなれになったことは一度も無かったという理解です


そのなかで

私自身が生きてきて

出会い(プレム氏との出会いやその周りの同士たちとの深いつながりからの理解です)

また感じできたことでありましたが・・・


それこそが覚醒とまで思っておりましたが

覚醒者でもそのことからはなかなか離れることが出来ないとおっしゃりましたか?

少しまたその部分をどのように理解すればいいのでしょうか

状況により、自然に嘆き悲しむということは起こります。

起こることは起こります。

真の自己に覚醒している者は、あるがまま、起こるがままです。

起こることを起こるがままにしておくことができます。

そして、起こったものはいずれ消えていきます。

そのままにしておけば、それ自身の現われとしての運命とともに、

自然に消えていきます。

そこに執着し、嘆き悲しみをいつまでも持ち続けているのがマインドです。

そのマインドから自由になりましょう。

またさらには、嘆き悲しむということがもし続いているのなら、

それもそのままにしておけるのが真我・在るです。

成熟した覚醒者(悟後の修行が進んだ覚醒者)が、

嘆き悲しみから離れているかどうかと言えば、

それと共に在り、そして、離れているという言い方がよろしいかもしれません。

真我そのものとしては、嘆き悲しみそのものとしても在り、それと共に在るものとしても在り、

そして、それと絶対的に離れているものとしても在ります。

真我は、同時に無限の立ち位置に在ります。

そして、覚醒者(覚醒した人)は、真我そのものとしての立ち位置に立つことができます。




こうあらねばならないということはどこにもありません

私の理解がすべてではありません

各々ひとりひとり転生や来世への理解と同じように

そのものが(わたしが)思う視点で在ればいいのだとも思いますが


最初にお話を聞いていただき

友人のお母さんの(霊能者)のご主人の亡くなったことの話ですとか

(私自身母親も亡くなっておりますがこの宇宙この心のうちでひとつです。。その安心感は

この世で肉体を持って出会う親兄弟よりも濃い出会いから得た理解に繋がるものです)


またもう少し説明していただけると幸いですが

セッション時間で無空さんのリアクションからは

まあ私自身の思い込みの強さが浮き彫りだったようにも思います。。。



単なる思い込みで

間違った理解なのでしょうか?

^^



すいません

どうぞよろしくお願いいたします

知人からのメールにあった臨済のお話しを参考までにご紹介します。


臨済のマスターが亡くなった

そのマスターは有名な人だった

が、臨済はそのマスターよりまだ有名だった

というのも、そのマスターは静かな人で

実際のところ彼は臨済を通して非常に著名になったのだった



で、そのマスターが死んだ

そして臨済もまた明悟の人として知られていた

何千もの参列者が

彼らの敬意を表し、最後の別れを告げるためにつめかけた

と、彼らは

あの臨済が泣きわめき嘆き悲しみ

その顔にはまるで

母を失った幼な児のように涙が流れ落ちているのを見た

みんながわが目を信じることができなかった

悟りに達した人だと思っていたのに

その彼が小さな子供のように泣き叫んでいる

その人が無知ならこれも構わない

しかし、その人が目覚め

その人自身、内奥無比の不死不滅だ

それは決して死なないと説いているとき

こはいかに?



臨済とごくごく近しい何人かの人たちが

彼のところに来て話をした

「それはまずい

人々があなたのことをどう思います?

もうすでに噂が立っています

みんなはあなたのことを悟った人だと考えていたのが間違いだっ

たと思っています

あなたの地位そのものが危うくなっているのですよ

泣くのをやめなさい

それにあなたのような人がなく必要はないでしょう?」



臨済曰く

「しかし、わたしにどうすることができる?

涙は出て来る

それはそのダルマだ

それを私がどうする?

私は受け容れているのでも拒絶しているのでもない

私は私自身の内にとどまっているのだ

いま、涙が流れている

それはどうしようもない

地位が危ういのならそれでいい

たとえ人々がわたしのことを悟っていないと思おうと

それは彼ら自身の商売だ

が、私に何ができる?

私はもうずっと前にやり手を離れた

もうどこにもやり手はいない

それはただ起こっているにすぎない

この目はひとりでに泣き、悲しんでいるのだ

この目にはもうあのお師匠さんは二度と見れまいし

あの人はこの目にとってはこやしだったのだから—

この目はそれを糧にしていた

魂が永遠なのはよく知っている

誰ひとり決して死にはしない

だが、この目にどうやってそれを教える?

何を言って聞かせる?

こいつらは聞きやしない

こいつらは耳などもってない

どうやってこの目に、泣くな悲しむな

生命は永遠だと教える?

それに、私は何様か?

それはこいつらの仕事だ

こいつらが泣きたかったら泣くがいい」




どこにも誰にも依ることなく

在れるというのは

どこからも誰からも離れたことは無かったからで

その理解が深まれば

動じることなどどこにも起こらないのは

たとい動じてもその起こらないほうにどれだけシフトしているのかと

いうことでもあると思っていますが・・・

そうですね。

そうなると、動じても自然に戻れるようになっていきます。

起こらない方に在り、そこから起こっていくすべての動をあるがままに受容できると

いいですね。

存在全体は、源と現われでひとつであるとも言えます。

その源の部分は変わらず、その現われの部分は無限に変化していきます。

動じない部分と動じる部分のその両方があります。

統合された存在、成熟した存在は、それをひとつのものとして見、

両方を受容し、そして、とらわれません。



死に別れのような寂しさで苦しんでいました

今もなお時々発作のなごりのように起こります

そこからスッキリと抜け出てくるのに

このことに今着目しているのだと思います。。

苦しいときは、そこに注意が向きますね。

それは自然なことです。

理解したいというマインドが起こることは自然ですが、

そのマインドにもただ気づいていてください。

(マインドはマインドとして、ただ働くままにさせてあげてください。)

そして、戻れるときにはまた、在る(真我・無限の愛・全体・ニュートラル・純粋な気づき)

に戻ってください。

そこが、根本的な解決が起こる場所です。

何度も何度もそこ、それに戻り続けてください。

それが、青さんの存在のすべてに浸透するようになるまで。




どうもありがとうございました




どうぞよろしくお願いいたします














ありがとうございました。

無空



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