無空さんのセッション151回目

無空さん

ご返信をありがとうございました




いつも

素晴らしいセッションをありがとうございます









青さん

感想ありがとうございました。


ちょっとぐらいはその。。。

理解は進み

賢くなってるのか

そんな風に

感じることが出来ずに

本当に辛い。。

そんな一週間の感想から始まってしまいました



全くの

基本的な問い

「真我ってなんですか」

「本当のしあわせ」ってなんですか


そんなことを言い出す始末でした。。



でもそれは

無空さんに噛み付くのはお門違いで

自分自身の不甲斐なさや

自分自身の生き様に対する

欲求不満をぶつけているだけなんです



後何回か

生まれ直してから

向かって来なさいと言われそうです

何度も在るに注意を向けること、在るに戻ること

自覚すること、

在るそのものであることで、

(そして、そこから現れへと焦点が自然に移ることによって)

毎回、毎回生まれ変わっているとも言えます。

(ときどき、「在る」を限定的に捉えられる方もいらっしゃいますが、

ここで言っている「在る」、

あるいは、多くの場合に使うことが起こってくる「在る」は、

単に存在感覚等だけを言っているのではなく、ブログの初めの方の

「マインドでは理解できないところもあります。

〜ブログを読んで頂く際に気にとめておいて頂きたいこと。」

のところにも、

言葉の使い方等についてある程度書かせて頂いておりますが、

もう少し広義と言いますか、

ニサルガダッタ・マハラジが「I AM THAT」の中で

【実在のなかには、それ自体は暗いが、すべてを輝かす源があるだけだ。
知覚されないが、それは知覚をひき起こす原因であり、感じられないが、
感覚をひき起こす原因だ。
非実在でありながら、それは存在に誕生を与える。
それは動きの不動なる背景なのだ。
ひとたびあなたがそこに在るなら、
どこにいようと我が家のように感じるだろう。】

と言っていますが、ここで言われている「非実在」も含みます。)


それ(在る)は、記憶、過去、

また、起こっている状況等からまったく自由です。

そこは、完全にゼロに戻れる場所、

完全にリフレッシュできるところ、

あるいは、それそのものです。

それ自体は、時間の流れ、様々なプロセス、悟り、

解脱等も超えています。


(含み超えており

━それそのものとして現れながらも、それ自体にまったくとらわれない━

一例として、

気づきそれ自体とそれに備わる“気づく”という本性、機能、働き、動き、

不動の気づきそれ自体と“気づく”という動きの関係を考えてみて頂くと、

もしかしたら理解しやすいかもしれません。

それは、源と現れ、現象、あるいは、

幻想とも言われる関係であるとも言えます。

気づきそれ自体は、気づくということで、

その存在自体が変わるものではありません。

━ですから、無限に気づいていくことが可能であるとも言えます。━

それを体験することができるということは言えますが、ある意味、

そこから全く影響を受けず、

また、それにとらわれることもないと言えます。

ニサルガダッタ・マハラジが非実在とも言っている源から、

その自然本性により、

そのときどきで、全体の必要性、その他、その状況状況等により、

あるいは、単にただ、様々に多様な現象、多様な表現が現れます。

どのような表現が現れていようと、

源はそれにまったくとらわれていません。)


それに何度も戻り、その質を存在全体に浸透させていきましょう。




マインドやエゴが

本当に強く

おこちゃまのまんまです。。

今日お話しさせて頂きましたが、

進んでくると、マインドの抵抗はさらに強くなることがあります。

マインドはそのようなものである(おこちゃま)という理解ももって

在りましょう。

そのような在り方は成熟した在り方とも言えます。




さて

始めの共鳴は

激しく泣いていたので

やっと感情が収まっていきました



アイコンタクトは

胸の痛みが

ピンポイントにヒリヒリとしていました

欠乏感を拭えずに

そこが切なさのポイントで

そこが大きなエゴ(マインド)が動くところという感じでした

そこ(欠乏感)がマインドのひとつの

原動力とも言えますね。

ですが、真の自己・在るは、まったく欠けておらず、

(欠けた在る、半分在るなどということはありません。)

それは、満ちているそのものです。



瞑想は

ずんずんという感じで

力が抜けていきました

涙が再び溢れていました

力を入れてしまうのも

入れているのもエゴである自分なんです


自分自身で自分自身をどうしてここまで

苦しめてしまうのでしょう。。

それがエゴのひとつの在り方、

傾向、動き方、働き方ですね。

(もちろん、エゴには素晴らしい側面もたくさんあるとも言えます。)

エゴにはそのような側面がある、という理解を持ち

ただそれを受け入れましょう。

可能なら、包み込んで在りましょう。

または、距離を置いて、気づいて在りましょう。



ハートの共鳴は

何もありませんでした

スッカラカン

いいですね。



立場を変えては

何も無いところから

何かが立ち上がっていました

「神聖さの香り」の気配がしました



立場なし・ニュートラルでは

無邪気な喜び

でした



リフレッシュしました

はい、在るはリフレッシュそのものでもあります。

後半にかけてクリアになっていきましたね。



今週は

子供の運動会があります

今月は緊張感を伴い

本当に忙しかったので

なかなかにしんどい日々でしたが

次回まで

このリラックスが持続出来ますように。。

願っています

リラックスそのものでもある在るに何度も戻りましょう。




また来週どうぞよろしくお願いいたします







こちらこそよろしくお願いいたします。

無空








PS

どうぞここからはオフでお願いいたします




無空さん



青は

始めから

助けてください。。だったような気がいたします

この緊張感から

逃れたくて

様々に動き回っているようにも思っております

パートナーシップで

その大きな緊張感が生まれるのは

ずっと感じてきていたところです

状況を変える必要など

自分自身の

生命が

起こしてくるものとは思いますが



あと

何十年生きて

そのうちにパートナーシップなど

どこにも無かったと思うのでしょうか


53歳です

過度期に入ってるように思います

人として

人間として

全うする人生は人それぞれでもありましょうが


どのように送りたいのかも

それぞれですよね

そうですね。



・・・・・・・・・



長男が言います

自分はもう自立していく一方だけど。。

次男の英治朗が泣くから

もう少し大きくなるまで待って欲しいって

状況がどのように許していくのか分かりませんが


実父の元に帰りたいというのもあります


旦那さんとともに暮らす理由がありません

気持ちと

現実の

真ん中の


ではどうしていけばいいのか考えるところが欠落していて

ただただ

不満が募っていくばかりの日常なんですね

どうするか、の前に、

まず在りましょう。


(ああ

またグルグルが始まりそうですが)


ともかく

自立した生活を送るにも

働かなくてはなりませんから

来年の次男が中学に上がる頃には

もう少し小学校PTAから離れることも出来ますので

フルタイムで働くことも考えていこうと思います


いつも

お世話になりありがとうございます



今はまた

そんな感じです





3年前と変わってないですね(^0^)




(涙)

いろいろ起こってきているときはそのように感じられますが、

存在全体の変容と成熟、そして、理解は着実に進んでいます。

青さんのように、日々全身全霊、一生懸命生きていれば、

存在全体として経験は積み重ねられ、

存在全体の変容、成熟、そして、理解は、自ずと進んでいきます。

何一つ無駄になっていることはありません。


どう在るか、

そして、どう生きるか、

(在り方、姿勢、態度)

それ自体がとても大切であり、

それ自体が、真・善・美

真実であり、善であり、とても尊く、また、美しいものです。

悩み、葛藤することなどもまた、相対を超え、価値判断を超え、

あるがままの真実であり、

善であり、尊く、美しいものです。

何をするかももちろん大切ですが、

在り方、姿勢、生き方の方により焦点が当たっている方は幸いです。

そこには、状況、環境等に左右されない強さ、確かさ、やわらかさ、

満ちたもの、自由、幸せがあります。








とても

軽やかです


ありがとうございます






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無空さんのセッション150回目



青さん

感想ありがとうございました。


無空さん

先ほどはセッションをありがとうございました


ありがとうございます

とても大切なお話をいただいてましたね^^

ちょうど一週間思い出していて
聞きそびれておりました(^0^)

聞きなおすことが出来ることが
本当に良かったです^^

よかったですね^^


またいつもながら。。いろいろとお話を聞いていただき
ありがとうございました

話しながら。。その恐怖の部分(暗闇)が青の浄化してしまいたい
ところなんだな~~って思い出しておりました

愛そのものとして在り、気づいたら消えていた、
という感じになったらいいですね。




さて

始めの共鳴では
無空さん
前々回より変わった!!
前回そう思ったけどやっぱりすごい強くなってる!!
無空さんもリトリートじゃあないけど
リフレッシュしてくるってことあるのかな~~って思っていました


アイコンタクトは
変わったのは私のほうだったあ~~って思いました

そうですね。

画面に顔を向けてはおりましたが
見てなかったです
自分の内側だけを見ていました
ものすごくハッキリと内側でした

とてもよい在り方ですね。

愛の根源

別々の宇宙と思っていましたが
たったひとつの宇宙なんですね!!!
(今更ながら。。再確認ですね^^)

はい。

瞑想では
満ち足りていました

ハートの共鳴では
世界そのもの
すべて
です

広がってさらに重量感をもって「ここ」にいました


立場を変えて
どんな言葉も当てはまらない
また
言葉ほど
中途半端なものはありません

とりあえず
「無し」と答えましたが

何が無い
何も無いではないんです

何でもいいでした

すべてOK

とてもよい感じですね。


立場なし・ニュートラルでは

煌く愛のひとしずく

その美しさ


祝福されていました

今回も素晴らしい共鳴でしたね。




ありがとうございました







ありがとうございました。

無空








無空さんのセッション149回目




青さん

感想ありがとうございました。


無空さん

先ほどはセッションをありがとうございました

話を聞いていただくだけで
すばらしく「在る」がジンジンと響いてきておりました

自然な共鳴が起こっていますね。

人生の不完全燃焼感が
本当に楽になっていきました

たとえばどうでしょう
無空さんは今
このようにセッションを通してダイレクトな「在る」を
ダイレクトに伝えるということが起こっております

それは無空さんのご家庭も含み
その状況があるということでもありますが

状況が変わればまたこのセッションの継続も
どうなるのかは本当に知れないことでもありますよね

このダイレクトさは
その「使命」でもあるように思うのです

今回のお話しでは、「使命」ということに関して、
たしか「命」を使うというような
表現をされていたかと思います。

在るの立ち位置からのひとつの表現としては、
「命」が使われる、
「在る」(真我・愛・全体・真実)が表現される、
ただそのように在るが表現されている、
ただそのように在るが実現されている、という言い方ができるかもしれません。

そのような視点からは、「使命」が起こっているというように
見ることができるかもしれませんね。

また、よりシンプルな視点からは、
ただ起こることが起こっているだけ
ということができます。

在るはとてもシンプルです。
そして同時に、とても奥深くもあるため、
様々な視点からそれを見ることが可能です。

在るは、それ自身である「命」、「生命」そのものを
最も大切にし、
かつ、それに自身にもとらわれず、
それ自身をも超えて軽やかに在ります。




さて

始めの共鳴では

完全燃焼でした

その命は完全に

また先に使命といい

それそのもので生きることを

使命と感じていたのですが


在るはまったくどんな行為でもないなあ

と思っていました

はい、在るは、行為そのものとしても起こってくるとも言えますが、

別の視点からは、それ自体は、行為が起こる源であり、

ただ在るだけです。

よりトータルな視点からは、在るは、すべての行為として起こっていながら、

まったく何もしていません。

すべてはただ起こっていて、

そして、本当は(本質においては)何も起こっていません。

何も変わりません。

永遠、無限、不動、不変、愛、平和、幸せ、真・善・美そのものだけが実在しています。

海には波が起こりますが、

その波が、海が海であることに影響を与えることはまったくありません。

波は様々に起こり、楽しまれ、味わわれますが、

海はただ海であるだけです。

ただ自分自身として幸せに在るだけです。

様々な様相と全体としての事実。

本当の自分、真の自己を深く知り、

それそのものとして在ることができれば、

幸せであることができます。

幸せそのものとして在ることができます。

海が波に巻き込まれ、翻弄されることがないのと同じように、

また、すべてを波を大きな愛で支え、育み、包んでいるのと同じように、

在ることができます。

それは海にとっては、とても普通で自然な在り方であり、

同時に、とても大きくやわらかく精妙な在り方でもあります。





アイコンタクトは

さらに

微細な領域

魂の世界

還っておりました

いつも睡眠時に味わっている

無限の海ですね

深いところですね。


瞑想では

いつも(青は夜間横になってからすぐに寝るのですが

数時間後、不眠状態で意識だけが

冴えてしまっているようなことが通常に起きています。。)

睡眠時に起きている。。そんなことを再現しているかのようでした

嫌な緊張感なんです。。

(クンダリーニエネルギーにも関連しているのかもしれないですね)

何かが浮上しているきていたのかもしれませんね。

ハートの共鳴では

その嫌なエネルギーが

青の後ろからトグロをまき鎌首をもたげて

無空さんへと向かっていくかのように感じておりました

無空さんからは

とてつもなく神聖な光がそのエネルギーを消し去っていきました

自然に必要なことが起こっていましたね。



立場を変えては

エネルギーは現れの世界

神様の遊びでしょうか

そのさらに深きいのちそのものは

これほど軽やかに

在るのですね

はい。



立場なし・ニュートラルは

どうしてこれを忘れていたかなああああ。。。

初めから

このニュートラルだった

この存在だった


です

思い出しましたね。


無空さん

素晴らしい共鳴をありがとうございました

こちらこそありがとうございました。






PS

理解は消えはしないです

がしかし。。

何が起こっても影響されない

そこまでは

なかなか。。

強いエゴですね

本能に密着しているところです

そこにどこまでも影響されて

巻き込まれているようなことです。。

今渦中ですね。。


これをくぐっていくことが

本当に辛くて

辛くて

大変です

真実にしっかりとつかまっていましょう。

それは愛そのものでもあり、

どれほどの密着、粘着、執着があろうとも

それらを必ず溶かしていきます。


どうぞ

また来週もよろしくお願いいたします







こちらこそよろしくお願いいたします。

無空











無空さんのセッション148回目

青さん

感想ありがとうございました。


無空さん


共鳴をありがとうございました


始めの共鳴では

セッション当初から

まるで強制されているかのように感じて

嫌なんですと逃げ回っていたそのことを

直視するように味わっておりました


家族の愛です

これほどにその家族の愛に飢えていながら

それを味わうことを嫌がっていたのです


アイコンタクトでは

電話が入り

その後に空気が変わりました


のびやかに

軽く

全くの自由でした

「わたし」です

いつでもそこに戻れるようになるといいですね。


瞑想では

真っ白い

安らぎと

上昇する心地よさの中

いのちを味わっておりました

この空間は

愛の営みの空間でもあります

(青さんは以前からそうだったんです)




ハートの共鳴では

その言葉を

先の瞑想の感想で出してしまったことから

微妙なお顔の無空さんを見て

うまく伝えられなくて。。


こんなフィーリングなんですううって

伝えたいが起きてました


しばらく

膠着状態だったのですが



それがだんだん柔らかく

柔軟さに変わっていきました



立場をかえては

大切なこと

ささやかなところ



立場なし・ニュートラルでは

先日

訪ねてまいりましたご神木のように

どっしりと

地球に根ざし

大いなるいのちの流れ

全体を感じていました

今回も全体的によく感じ取られていましたね。




無空さん


本日も

青にとって

理解できることは

本当に小さくて

どうなってるのか。。。

いつのまにかそうなっている

その流れに身を任せております

はい、それがいいですね。




どうぞ

よろしくお願いいたします












こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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