無空さんのセッション6回目

無空さん

先ほどはセッション6回目、ありがとうございました。

今回は前回と違いお会いしている感ありました。
マインドが起こっていてそのように感じるとはいえ、
今までの共鳴セッションのような「共鳴」感を感じるのは
今の私には危険でしょうか?

まったく危険ではありません。
ただその時々で自然なことが起こっているというだけです。
そしてそれは、マインドも含め、全体からみて自然(最も調和的)ということです。
期待したものかどうかにかかわらず、いつも最大の愛が為されています。
それが、ただ在るという真我の在り方から自然に起こることです。


そのように起こらないということですね。と自分でつっこみますが、
あまりにも静かでおだやかなのですね。

普通を楽しみます。

ありがとうございます。

穏やかさ、普通の中にすべてが含まれています。
クリアになってくると、激しいものを感じなくても、それが分るようになってきます。


ヒロさんとのセッション楽しみ~
太陽のような明るい健康そのもののヒロさん!

この不健康さ凌駕していただけそうな気がします・・・
甘いかな・・

しかし、ちよっとすがる気持ちです。

真我は健康、健全そのものですから、
ヒロさんのセッションも楽しんでください。


無空さんにお話しました、
クンダリーニエネルギーに振り回されているそれに伴うマインドと
エネルギー付きマインドなので本当にギャーっていうほど苦しいという部分なのですが。

それに気づいている真我(意識)は苦しんでいません。
それが本当の青さんです。


すべての安らぎ、あたたかさ、喜び、命を愛おしく感じる心のプラグを全て抜き取られ
内側の一切を感じることが出来ず、意識は空しく外の部屋の景色を見ているだけのような
孤立無縁感・・・恐怖です。
その1点を見つめてしまいます。

クンダリーニの弊害とも言えるかも知れませんが、
やはりそれでも、それ(孤立無縁感・・・恐怖)に気づいている真我は、安らぎ、
あたたかさ、喜び、愛そのものであることに疑いの余地はありません。

それは、ただそうであるものです。


そこから少し這い上がり・・・今は悲しさと寂しさです。

さんざんですよね・・・・もうなんで生まれてきたかな~って
苦しくてほとんど合同共鳴直後も泣いております。

そして、ちょっと気を許すとスルスルとなんかエネルギーとシンクロして、
もう、身動きが出来ないような恍惚感の中にすっぽりと入っています。
ものすごいエネルギーが気持ちよくて本当にやばいです。
これ・・・どんどん抗えない。強くなっていて、どうすればいいでしょう?
今もすごいです・・・。なんでしょう!
そのうち分かってくるかな?

どうすればの“する”ではなく、“在る”ことです。

(参考までに。プンジャジ:「どのように」と尋ねた瞬間、
それはおのずとあなたから離れたものになってしまう。
「どのように」という言葉があなたを真我から切り離す。
その言葉には触れないほうがいい。)

あるがままを認め、ただ気づいていることです。
どんどん強くなっていくのであれば、どこまで強くなるか、ただ気づいていればいいです。
どこまでも強くなっても至高の存在である真我より強いものはありません。
また、それに抗うということが自然に起こるのであれば、それもまたそれでよしです。
とにかく、次々と起こることに気づいていましょう。
さらに可能であれば、個人に起こることに気づいているのではなく、
個人自体が真我から起こっている現象であると個人自体にまるごと気づいていましょう。

ただ気づいていること(愛・光・調和・全体)は、最高のパワーを発揮します。
それは、すべてを癒し、整えていきます。

クンダリーニによるエネルギー現象も含め、思考、感情、言葉、行動、様々な出来事など、
起こることすべては愛の中で起こり、愛に収束していきます。
気づいていれば、起こっていることそれ自体で勝手に収束していきます。
それは、やってきたのと同じように去っていきます。
今世でのクンダリーニ修行だけでなく、もっと古くからの習慣なのかもしれませんが、
それでも習慣は後天的なものです。
しっかり気づいていれば、いずれ静まっていきます。
それに今は、過去にはなかったような合同共鳴等大きなサポートも起こっています。
ひとりではないんですよ。
共に歩むたくさんの仲間、同志がいることを忘れないでください。
無空庵はひとつとして在りますし、ひとつとして進んでいます。


共に瞑想していただき明るいところに引き上げられました。

その後のハートの共鳴ありがとうございました。

その感覚を忘れないようにがんばってみます。

忘れても構いません。
意識はいつでもあります。
意識すること自体が大切です。
それでOKです。
それにより、徐々に感覚もよりはっきりと分るようになってきますし、理解も進んでいきます。
その感覚は起こっては消えていくような感覚ではなく、すべての感覚が起こっては消えていく、
すべての感覚の根底、背景として常に在る感覚、気づきの感覚、存在感覚です。
それは、感覚を超えた感覚であり、すべてを包括する実在、ただそうであるという
あるがままの事実です。


ありがとうございました

P.S

あ、私を導いておられる白いお髭の宣教師風守護霊さんは本当に厳しいお方だそうですが!
それって無空さんやん~って思いました。

真我は、あらゆる存在を通して常にサポートしています。




ありがとうございました。

無空








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