無空さんのセッション2回目

無空さんからの

返信メールです



無空さん

2回目セッションありがとうございました。

たくさん話を聞いていただきました
たくさんお話をいただきました

ありがとうございます

あまりの情報の多さに
ゆっくりと思い出して一週間を過ごしますね

はい、ゆっくりお過ごしください。



もう人ではありませんね

意識です

そのものです

身体でなく、思考でなく、感情でなく、男でも、女でもなく

意識だけ・・・

身体は現れとしてありますが、自分を人と思っているのは観念でしかありません。
それは、必要に応じて使用していけばよろしいですが、本当の青さんは単なる観念ではありません。
時が経てば、消えていく存在でもありません。

不滅の意識です。


ぶつかってはいけません

お伝えすることは

その人がその時が来た時に

話したらいいので・・・、

または種をうえてその人がその時がきたら

気がつくように・・・、

マインドは、比較、議論、自己主張、正義が好きです。
マインドは、悟りでも、真我でも何でも、それらすべてを道具に自らの存在を保とうとします。

そのようなマインドに気づいたら、それを責めたりせずに(それをするのもマインドです。)、
マインドにはそのような性質があり、今、ただその本性にしたがって働いてると気づいていましょう。

(ただ、全体の必要から「誰かとぶつかる」ということが起こることもあります。
ですから、すべてはただ起こっているという理解も養っていくといいですね。
そうすると、そこに巻き込まれずに、起こったことをあるがまま、純粋で美しい状態のままにしておくことができます。)

また、マインドはとても性急です。
逆に、真我である愛は、とても忍耐強く、見守ること、待つことができます。

真実を話せるタイミングからあれば、静かに、ハートから、愛をもって
こういう視点もあるよ、くらいにお話されるのがいいかもしれませんね。


初めの共鳴では
マインドから引き剥がされる感じ
清い聖なる空気が包みました

これまでマインドと一体となり、とても馴染んでいるので、
そのように感じられたのかもしれませんね。
クリアになってくると、これまで気づかなかったようなマインドにもどんどん気づけるようになってきます。


アイコンタクトは上に突き抜ける感じ
そのまま
思考停止モードをいただきました

覚醒する
マインドが停止する
意識そのものの感じ

よい感じですね。

「在る」はその上にまたその上に無限にその表情を美しく変えていきますから・・・・
その言葉にワクワクしました

ハートの共鳴は
今日のセッション前からドキドキしていた感じが
守られていると認識したとたん本当に納得しました

真我の愛は、様々な形で現れます。

セッション中に少しお話したニサルガダッタ・マハラジの本の愛と苦痛に関するところ、と
苦しさということをおっしゃっていたので、そのまま当てはまるというわけではありませんが、
見つけたところを抜粋して、参考までにご紹介します。

「苦しみは根本的に、注意を求める呼びかけだ。それ自体が愛の動きなのだ。
幸福よりも、愛は意識と存在の広がりと深まりにおける成長を求める。
何であれ成長を妨げるものは苦痛の原因となる。」


「快楽はあなたを眠らせ、苦痛はあなたを目覚めさせる。」



他の悟りセッションしている人にふらふらと浮気しません 無空さん一すじですから~(^0^)
「真我」が心をプロテクトしてましたね~

形として、私一すじということでもかまいませんが、
その本質は、真我一すじというところにあり、そのようであれば、日常のあらゆる瞬間がそれに結びついて
いきます。それがマインドの成熟をより強く促していき、真我の実現へとつながっていきます。



「愛」について
「愛」に生きる

今日のセッションで聞きそびれていますが
体験セッションの時よりずっとこれが聞きたいところです
「真我」は「愛」そのものですと言われてますが・・・

まだそこのところがピタッときておりません

そこは、皆さんがすぐ分るわけではありません。
それぞれの方のタイミング、時期が来たら分ります。

次のセッションでお伺いしましょう。


この世的にも不満のあるところです

それはマインドですね。
今は、ただそのようなマインドがあると理解しておきましょう。


「在る」が安定してくると
外側の状況も変化してきますと言っていただきました

必ずしもそうとは言えないということもお話しましたが、
そうなることが多いですね。
外側が変わっても変わらなくてもどっちでもいい、というくらいに、
外側にとらわれなくなってくると、それ(外側)は、全体の自然な流れの中で
変化していくことが多いかもしれませんね。

全体が、全体であることは変わりませんが、その中味である部分は、常に流れ、変化しています。
その中味に執着し、とらわれていると、その自然な流れをせき止めていることになり、
変化を望んでいながら、逆に自然な変化に抵抗しているということになってるかもしれませんね。


何か実現してくると
きっと大きな声でしあわせ~って言えます

内なる真我の実現を目指してください。
ただそれで在ってください。
それがもっとも濃いものであり、そらくそれがもっとも大きな声でしあわせ~って言えます


今は小さく穏やかにしあわせと言います(^0^)

小さなしあわせ、穏やかなしあわせの中に、無限のしあわせ、
もっとも大きなしあわせがあります。
あとは、それを感じとれるように、よりクリアに、より微細になっていくことですね。

日常のひとつひとつを丁寧に生きること、一瞬、一瞬に、丁寧さを実現してみてください。

粗雑さはマインドから来ます。
丁寧さは、ハート、そして、目覚めた意識からやってきます。


来週またよろしくお願い致します





こちらこそよろしくお願い致します。

無空





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